メディアが多様化していくなか演劇は廃れゆく運命にあるのか、それとも盤石で根源的な芸術表現たりうるのか。編集部が注目する劇作家にお話をうかがってまいります。  




第1回
井上瑠菜
(劇団「露と枕」主宰)
 

 

──演劇を見た後、戯曲を読んでその世界を追体験する楽しみ方がありますが、「露と枕」の戯曲を読んだら、公演とはまた別の世界が感じられて驚きました。文学作品を読んでいるような味わいがあります。戯曲と実際の公演の距離感をどのように捉えていますか?

井上 戯曲として完成する際は、まず私の言葉として完結している気がします。そこから稽古をしていく中で、俳優にあわせてセリフを変えたり、キャラクターを変えたりしています。意見交換をしていく中で、人とは違う言葉の使い方をしているんだな……と自分で感じたりする部分もあります。稽古を通じて、自分の戯曲が変化していったり、異なる価値が加わったりしていくのが面白く、演劇の創作の醍醐味だなと感じる部分でもあります。

──井上さんが最初に演劇を意識したのはいつ頃ですか?

井上 小学3年生のときに市民ミュージカルに出まして、時間泥棒のお話「モモ」(M・エンデ)だったんですが、そのとき舞台に立ち続けたいと思い、最初は女優を目指していたんです。
それから、劇団四季の公演をよく見に行きました。演劇部に入ってからはキャラメルボックスですね。劇団四季の「夢から醒めた夢」は特に記憶に残っていて、幕間の前にとても怖いシーンがあって、もう夢から醒められなくなってしまう主人公のシーンがあって、滅茶苦茶泣いたのを覚えています。
これまで見てきた舞台とはかなりちがう戯曲を書いているな、と自分でも思います(笑)。
創作に際して影響を受けたのは漫画かもしれません。「花とゆめ」で連載された「フルーツバスケット」がとても好きでした。




──露と枕のチラシのキャッチコピーに「優しい悲劇」というのがあって、劇団の特徴をよくあらわしていると思いますが、なぜこの時代に「悲劇」を描くのでしょう?

井上 演劇とか物語って、人が変わっていく様子を見るのが楽しみのひとつだと思います。最初に見た時の印象から、その人が成長していったり、堕落したり、人が変わっていく様子を楽しむのが物語の醍醐味だと思うんですけど……、逆に変わらないもの、これは自分で守らないといけないというものの方を大切にしたいな、と思っています。そういうものが現実で果たされなかったときは、それはそれはとても悲しいだろうと思っていて、どうしてもこれがやりたいんだ、という目的みたいなものが、自分の力ではどうしようもないことによって果たされなかったとき、それは悲劇であろうと思うんです。そういう人に対して「よくぞ変わらずにいてくれたな」という賞賛を送りたいんですよ、私は……。生きていくなかでは、変化していくことのほうが楽なことが多いと思うんですけど、「よくぞ変わらずにいてくれたな」っていう賞賛のようなものをお届けすることを頑張りたいな、と思っているんです。どんなに劇中の世界で否定されたとしても、作家の私は肯定するぞ、という気持ちで書いているんです。




──早大劇研、初めての女性主宰ということで媒体に紹介されたこともありますが、女性に向けた作品を作るというような意識があったりしますか? それとも男性/女性といった意識はあまりないでしょうか。

井上 早大劇研から旗揚げした際は、「劇研の100年近い歴史の中で初めての女性主宰」というのが一つキャッチーな話題だなと思って使った部分はありました。ただ、女性の劇作家が珍しいという時代でもないですし、「ちょっと若かったな……」と反省しています。月並みかもしれませんが、「女性らしい」と言われるよりも、「井上瑠菜らしい」といわれる方が何倍も嬉しいなと思いますし、「○○向け」というカテゴリに自分自身で閉じ込めてしまうのではなくて、この作品を面白がってくださる人みんなに届けばいいなという思いで創作をしています。たまに「パッとみた時に“女性が書いた”感がありすぎる!ちょっと女々しすぎるかも!」と思って本をいじったりしますが、まあ、それはちょっと女性っぽいかもしれないですね……(笑)。
(2023.3.28)

※ 4/12〜16 新作公演「わたつうみ」下北沢「劇」小劇場にて。


 

露と枕
設立:早稲田大学演劇研究会を⺟体とし、井上瑠菜を主宰として2018年4月に旗揚げ。「弱いからこそ愛おしい、変わらないから愛おしい」をコンセプトに、優しい悲劇を紡いでいく。
団員数:6人
公演数:本公演7作番外公演2作(2023年現在)
主な公演劇場:下北沢「劇」小劇場
 

TOP
 

第2回