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──鈴木さんはここ数年、「国家と芸術家」シリーズということで、ケストナー、藤田嗣治、オーウェル、チャペックら文学者・画家の評伝劇を次々と上演してこられました。この7月に上演する「犬と独裁者」はブルガーコフの物語ながら、「国家と芸術家」シリーズには入らないようですが、なにか違いがあるのでしょうか?
鈴木 「国家と芸術家」シリーズでは史実に忠実であることを心がけていました。四作目の「チャペック 水の足音」が終わったあと、もう少しフィクションの要素を増やした作品づくりをしたいと思いながら、ブルガーコフのことを調べていると、スターリンとの関わりが出てきました。ふたりが直接会ったという記録はみつかりませんでしたが、ブルガーコフの自宅へスターリンからの電話がかかってきたというエピソードがありました。そこで、スターリンとブルガーコフの関わりを虚構で作ったら面白いのではないかと思ったわけです。
ブルガーコフは、スターリンの評伝劇をモスクワ芸術座から依頼されて書き上げたものの上演中止になったという史実があります。初演されたのはソ連の崩壊後、ブルガーコフの死後50年くらいたってからです。この戯曲は邦訳されてもいます(「バトゥーム」群像社)が、それほど面白いものではありません。
なぜ面白くないのか……。自分もいくつか評伝劇を書いたのでわかるのですが、書く対象を好きになれないと筆がのらない、ということがあります。きっとブルガーコフもスターリンを愛そうと思って書き始めたけど愛しきれなかったのではないか……その理由はなにか、ということを描きだしてみたわけです。
──ロシアとウクライナに関わる話でもありますね。
鈴木 現在の紛争に関わる話ではないのですが、この機会にウクライナやロシアの歴史を学びました。知らないことが多くて面白かったです。
たとえばスタニスラフスキーとダンチェンコが設立した「モスクワ芸術座」。最初は理念をもって始まりましたが、早1年でお金の問題にぶつかります。劇団員だけではお客さんを動員できず、外からスター俳優を客演させねばならないという葛藤が設立2、3年目にして始まるんです。
日本では伝説の劇場として知られていますが、あのスタニスラフスキーも、現在の私たちと変わらぬ集客の問題にぶつかっていたことを知りました。このあたりのことは『モスクワ芸術座』(而立書房刊)に詳しく書かれていました。
さらに、もともとは民間の劇場でしたが、ロシア革命以後、国立の劇場となり、御用劇場のようになっていくのです。「かもめ」などの伝説の作品を産み出していたのはロシア革命以前で、ロシア革命以後は画期的な作品がほとんど産まれませんでした。
そこで、ブルガーコフに白羽の矢が立ち、戯曲の執筆がどんどん依頼されるのですが、当時のソビエト政府に弾圧されていくという経緯があるのです。書くために調べるなかで発見があり、とても面白い作業でした。
──今年は鈴木さんの劇団印象(いんぞう)が結成20周年、「犬と独裁者」が30作目という記念すべき節目ですね。劇団の歩みをお聞かせいただければ。
鈴木 最初のうちは劇団としての特色を何か持たせようと、「漢字2文字のタイトル」とし、「チラシを正方形」にしていました。
作風は毎回バラバラで、野田秀樹さんや三谷幸喜さんを真似たような作品だったり、別役実さんの名をだすのはおこがましいですが不条理劇をやったりしていました。
でも、これはよくないということにあるとき気づきました。毎回作風が変わるとお客さんがついてこられない。やりたいものをやるという発想では続かないんですね。15年くらい経ってやっと気づきました。
2019年に谷崎潤一郎「瘋癲老人日記」を舞台化したのですが、そのあたりから自分の作風というものを打ち出せるようになりました。僕自身、本を読むのが好きなので、本を読むような層の心にとまる作品を出して行こうと……。
いまではチラシのデザイナーさんと綿密に打ち合わせて、劇団のブランディングも含め相談しながら公演を作り上げています。
──なるほど、それが文芸作家の評伝シリーズ「国家と芸術家」に繋がっていくんですね。
鈴木 当初、自分はエンタメ志向と思ってやっていましたがお客さんが全然増えなくて、6〜7年は身内の客ばかり。「やっているとお客さんが増えていくものではないのか!?」と悩みました。
そのうち戯曲の賞に応募し始めると、賞はとれずとも最終選考に残るようになっていきました。戯曲賞は専門家が読んでいるわけですから、「実はオレは玄人ウケする作家なのか!?」と思うにいたります。
2012年に演出家コンクールで優秀賞と観客賞をとるにいたり、大衆ウケはしなくとも若手のなかで多少評価されていると認識するようになりました。
同じ頃、当時よくつかっていた劇場、タイニイアリスのオーナーの西村博子さんが、「ちょっと韓国でやってみたら」と紹介してくださって、韓国やタイに行って公演したりしました。韓国でもタイでも反応がよくて、「オレは海外に向いているのか!?」と思ったりもしました。
日本での活動が行き詰まっているときにはそんなことがありました。
──「犬と独裁者」は、下北沢・駅前劇場で13公演と、公演を重ねるごとに客席数が増えている印象です。
鈴木 ある評論家の方から、2週間くらいやったらと言われまして……。新聞に劇評が出るためには、公演中でないと意味がありませんからね。
(2023.6.8)
※ 劇団印象第30回公演「犬と独裁者」は、7/21〜30下北沢・駅前劇場にて上演。
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