柳田国男の宮廷時代』刊行記念インタビュー
柳田国男研究60年のあゆみ
  ──市井の一研究者として(前編)

山下 紘一郎



山下さんの柳田国男の研究はどのようなきっかけで始まったのでしょうか。

 二十代前半、1960年代になりますけども、思想家の吉本隆明さんの本を読むんですね。
 そこに惹かれた言葉がありました。思想の価値とは何かといったときに、彼は〈大衆の原像〉という言葉を使うんです。〈大衆の原像〉を思想の中に組み込む、その度合いによって思想の価値が決まっていくんだ、と。考えてみますと、柳田国男は民衆のことを〈常民〉と言ったわけですけど、そうした言葉に関心が向いていきました。
 近代日本を考えると本当に独創的な学問をやったのは、柳田国男と折口信夫ぐらいだとも吉本さんは言っておられました。そうしたことから勤めの傍ら、ぽつぽつ柳田国男を読んではノートを取るというような、そういう生活をするようになったのです。
 三十代になった頃、何かの本の広告で、高田馬場に「寺小屋教室」という市民学校ができたという話がありました。伊藤幹治、後藤総一郎、谷川健一、宮田登の四人を講師に「柳田国男研究講座」が開かれるということで顔を出してみました。宮田さんと谷川さんは寺小屋事務局とのいざこざで間もなく辞めてしまい、後藤さんが講座をひきうけました。1972年のことです。
 一週間に一度、十数人くらいで机を並べ、終わったら高田馬場周辺で飲んだくれるということが続きます。だんだんと会が行き詰まってきた頃、後藤さんから「柳田国男の伝記を作るのはどうだろうか」という構想が出されます。1977年でした。当時彼が執筆していた雑誌「伝統と現代」(1970-84、通巻79号)で、私たちが研究して発表したりしたことをまとめて掲載する、と。10年ほどで寺小屋での活動は終わり、柳田国男研究会として明治大学後藤研究室で月に一度の会合を持つようになりました。

1000ページを超える大著『柳田国男伝』(三一書房、1988)の執筆作業が始まるわけですね。監修者の後藤総一郎さんはどのような方でしたか。

 彼は明治大学出身で、橋川文三の弟子筋の方でした。橋川さんにも柳田の評伝があり問題意識が非常に先鋭でした。
 後藤さんは60年安保の世代の人ですから、橋川さんのゼミに行くと「お前ら革命だなんだと言っているけど、民衆のことを知ってるのか」「柳田国男の『日本の祭』を貸してやるから読んでこい」と手渡されたとか……。
 橋川さんは鶴見俊輔が展開した「思想の科学」(1946-96、通巻536号)とも関わりが深かったので、後藤さんはそこに柳田国男の論考を何回か寄稿します。それが彼の研究成果となり、四十歳を前に『柳田国男論序説』(伝統と現代社、1974)という初めての本を出版します。
 さらに、彼は信州の遠山郷(現・飯田市)の出身でして、そこに柳田国男を学ぶ市民学校を作ります。それから遠野、茅ヶ崎……結局十を超える学校のようなものを作ります。後に全部集めて、常民大学連合なんて言っておりました。そうした活動が「朝日ジャーナル」などにもとりあげられ、結構知られておりました。
 大学の先生でもあったので、月に一度でも十以上の会に顔を出していたら大変です。『柳田国男伝』の方には時間を割けなくなっていきました。
 伝記の編纂にあたっては、原稿のリライト係をおくことになり、その作業方針を指導してくれたのが「伝統と現代社」の編集者・林利幸さんでした。
 まず執筆者が原稿を書き、柳田研究会で発表して、そこでいろいろ意見が出ます。それを参考に執筆者が書き直します。その原稿を私(山下)がチェックして注文をつける。それを直した原稿を、林さんがチェックする。林さんがチェックしたものを、さらに今度は私が書き直します。最後に執筆者が清書して確定原稿とするのですが、その時、執筆者は一切手を加えないのです。
 私は『柳田国男伝』の全体の原稿を2回は見ていることになりますね。林さんは1回見ているわけです。私はそれまで本を作ったことはありませんから、林さんという優れた編集者がいなければできませんでした。
 伝統と現代社は1984年に倒産するので、『柳田国男伝』は三一書房から刊行されましたが、「自分が手掛けたものだから、出版社は潰れても最後まで面倒を見る」と林さんが言うので、僕らはものすごく感激しました。『柳田国男伝』のプランを組んだのは後藤さんでしたけど、林さんがいなければとてもまとめられなかったでしょう。「山下がよく頑張ったから」なんてことを言う人もおりましたけど、林さんがいたので私は頑張れたのです。
 後藤さんは『柳田国男伝』を出すとき、10年ぐらいは耐えられるような研究であってほしいと言っておりました。だけど考えてみますと、その後、部分的な研究は出ましたけど、トータルとしてあの本を超えるようなものは出なかったと思います。

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